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お知らせ

第1回企画展の配布資料内容

当館では、新型コロナウイルス感染症対策の一環として、

お越しいただいたお客様へのガイドは差し控えさせていただいております。

(ご質問等があれば個別に対応できますので、お気軽に職員までお声掛け下さい。)

そのため、この度の企画展についても、展示内容のご説明を配布資料にて代えさせていただいております。

配布資料は受付の際にお渡ししておりますが、同じ内容をこちらにも掲載いたしますので、

ぜひ野口雨情の童謡普及運動と青い眼の人形、そして渋沢栄一との関係についてご参考になさってください。

 

 はじめに

 日本資本主義の父・渋沢栄一の生涯を描いた大河ドラマ「青天を衝け」が放送中です。

その渋沢栄一と野口雨情の童謡「青い眼の人形」には、「縁」があります。

今回は、渋沢栄一にゆかりのある童謡「青い眼の人形」に関する資料を紹介します。

資料

 写真は、歴史民俗資料館収蔵の野口雨情直筆の書です。「青い眼を下お人形はアメリカ生まれのセルロイト日/

本の港へついたとき一杯涙を浮へてたわたしは言葉/かわからない迷ひ子になったら何としようやさしい日/本の

嬢ちゃんよ仲よく遊んてやっとくれ」と、童謡「青い眼の人形」の詞が書かれています。(「/」は掛け軸の改行の位置)。

 この童謡は、大正10(1921)年、野口雨情39歳の時に、雑誌『金の船』12月号に発表したものです。

その一年後の大正11(1922)年に、作曲家の本居長世が『金の星童謡曲譜集』第一集に、曲をつけて完成させました。

関東大震災とアメリカ・ハワイでの公演

 童謡「青い眼の人形」は、大正時代に海を渡り、アメリカのハワイで演奏されました。そのきっかけは「関東大震災」でした。

 大正12(1923)年9月1日正午2分前に発生した関東大震災は、マグニチュード7.9と推定される、

近代化した首都東京を襲った唯一の巨大地震です。その被害は、死者105,385人に登りました。

この震災で甚大な被害を受けた日本に対して、救済の手を差し伸べてくれたのがアメリカでした。そのアメリカに対して、

民間からも感謝の意を表明する動きがありました。それが本居長世音楽団のハワイ公演です。

「青い眼の人形」の演奏

本居長世音楽団は、長世とその娘みどりと貴美子などで編成され、大正12年12月2日に、アメリカのハワイを目指して

横浜港を出港しました。同年12月13日にハワイで公演が開催され、野口雨情の童謡「赤い靴」「十五夜お月さん」、

そして「青い眼の人形」が演奏されました。

 日本は、アメリカからの援助に対する感謝と御礼を音楽に託しました。両国の関係は、友好的に見えますが、

実はこの時期、大きな問題を抱えていました。それはアメリカの「排日運動」です。

過熱する「排日」の動き

 この時代の「排日」とは、日本からアメリカに渡った「日本人移民」に対する「差別」の事です。

大正13(1924)年の移民法(いわゆる「排日移民法」)が成立すると、日本人移民の入国が禁止され、

日本国内に激しい反アメリカの機運をもたらしました。

日米親善の人形

 日本とアメリカの関係悪化を心配したのは、アメリカ人宣教師で新日派のシドニー・ギューリックでした。

ギューリックは、将来の平和のためには、子供たちの心に友好と親善の心を植え付けなければいけないと考え、

「世界児童親善委員会」を作り、日本にアメリカ人形を贈ることを計画しました。大正15/昭和元(1926)年、

ギューリックはこの計画を手紙にして、渋沢栄一に送りました。

 この計画に共感した渋沢栄一は、「日本国際児童親善会」を設立し、会長となりました。

渋沢栄一は、計画実現のため、日本政府に協力を働きかけ、昭和2(1927)年、アメリカから約12,000対の親善人形が、

太平洋を渡り日本に届けられました。

親善人形と童謡「青い目の人形」の繋がり

 渋沢栄一は、親善人形とともに日本各地をまわり、その後親善人形は、全国の幼稚園、

小学校に配分されて盛大に歓迎されました。

 このアメリカから贈られた親善人形は、この時期流行していた野口雨情の童謡「青い眼の人形」にちなんで、

いつしか「青い眼(目)の人形」と呼ばれるようになりました。

 野口雨情の童謡「青い眼の人形」は、本居長世とともにアメリカに渡り、また、アメリカとの親善人形の名前の

由来になるなど、日本とアメリカの友好に、ささやかながらも関係したと言えるかもしれません。

 

【参考文献】

上笙一郎 2005『日本童謡辞典』東京堂出版

川上恵 2021「青い眼の人形と渋沢栄一」『渋沢栄一 天命を楽しんで事を成す』別冊太陽 日本のこころ 285 平凡社

国立歴史民俗博物館編 2010『特別展示 アメリカに渡った日本人と戦争の時代より』

茂義樹「シドニー・ギューリック」『キリスト教社会問題研究』34 同志社大学人文学研究所キリスト教社会問題研究会

渋沢史料館 2008「29 この夏、「平和」を考えてみませんか?」『青淵』No.712 2008年(平成20年)7月号

内閣府ホームページ 防災情報のページ みんなで減災「報告書(1923関東大震災)」